「松林図屏風」 長谷川等伯筆(国宝 東京国立博物館所蔵)
思索ノート
Notes on Beauty and Time

余白 ― 描かないことで現れるもの
日本美術では、「描かないこと」そのものが、一つの表現となります。
長谷川等伯の《松林図屏風》(国宝 東京国立博物館所蔵)では霧や湿度、空気の気配は直接描かれていません。しかし、余白によって見る者の心に立ち上がります。
谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』の中で、西洋の「光によってすべてを照らし出す美学」に対し、日本の美は「陰翳」を受け入れ、その奥にある深みや風情を見出す美学であると述べています。
この思想を書道に置き換えて考えると、紙の白い部分は単なる空白ではありません。そこには線を引き立て、墨の深みを響かせる空気が満ちています。余白とは「何もない空間」ではなく、「線が呼吸する空間」なのです。
私は、谷崎が語る「陰翳」と、かな書道や水墨画における「余白」は、日本人の美意識において深く響き合う概念であると考えています。どちらも、描かれていないものを感じ取る感性によって初めて成立する表現だからです。
一本の線は余白によって生かされ、余白は一本の線によって語り始めます。
作品は、こうした思索の中から静かに生まれてきます。